キクチナナコ

2003年05月07日

あー糞だりぃだりぃって感じで英語の授業に出て教授の話を完璧に聞き流してたら、机の中に袋入りのルーズリーフが入っているのを見つけた。恐らく、前の授業を受けていたどこぞの間抜けが忘れていったのだろう。今頃ルーズリーフがないことに気付いて慌てているかも知れない。一瞬、拝借してしまおうか、という邪心も芽生えたのだけれど、ルーズリーフは間に合っていたのだった。こんなに沢山いらない。邪魔くさい。とかそういうんじゃなくて俺の良心が痛んだからね。やっぱそういう事しちゃ駄目だし。15年くらい前に道徳の時間で習ったから知ってる。やめなきゃね。こんなに沢山、50枚はあるものを失敬しちゃ、ね。うん、50枚取ったりするなんて、とんでもない。50枚全部は、いけない。そう、50枚全部は駄目だ…全部、は…。

という超モラリスト思考の果て、1枚だけちょろまかした。ごめんなさい。持ち主さんごめんなさい。お父さんお母さんごめんなさい。パルプ工場の皆さんごめんなさい。木を伐採している皆さんごめんなさい。紙さんごめんなさい。自然さんごめんなさい。地球さんごめんなさい。森羅万象にごめんなさい。なんでわざわざ、自分のルーズリーフじゃなく、人様の忘れ物から一枚抜き出すのか。馬鹿じゃないのか。自分でもそう思います。しかしあの時の僕は、目の前に誰かが忘れていったルーズリーフが丸ごとあるというどうでもいい事実にいたく興奮し、そう、まるで中身のドッサリ入った財布を見つけた時の良心と邪心のせめぎ合いにも似た心境、「とりあえず良きにせよ悪きにせよこのルーズリーフに対し何らかのアクションを起こさずにはいられない」という気持ちに支配されていたのです。そのまま見て見ぬふりをする事だけはできませんでした。もしもあのルーズリーフが誰の物だか分かり、そして僕がその人に連絡したり会いに行ったり出来る状態であったら、僕はその人にルーズリーフを届けに行ったでしょう。それによって、「ルーズリーフに何かしたい欲」は最良の形で満たされます。しかし僕にはその術がない。これは、中身のドッサリ入った財布を拾ってみたものの、そこがド田舎すぎて交番がどこにあるのか全く分からない、もしくは何らかの事情で交番に辿り着けそうにない、そういう状況と似たようなものです。そういう時、果たして財布に何のアクションも起こさずに立ち去れるか。少なくとも僕は NO なわけです。折角こんなものを見つけたのだから何かしておきたい、何かをせねば、でも、あまり大それた事はしたくない、そういった懊悩の果てに、「ルーズリーフを一枚抜き取る」というせせこましい行動を選択した、という事なのです。まあ許せよ。

そんな「だからどうした」としか言いようのない釈明はともかく、俺はルーズリーフを一枚抜き取り、それに魂の赴くままに筆を走らせ、余りにも糞暇で糞退屈な糞授業を、落書きする事で乗り切る事にしたのだった。今回のテーマは「歴史的ブサイク」。絵が死ぬほど下手糞なこの俺が本気を出してブスの絵を描いたら、果たしてどれほどのブサイクが完成するのだろう、というゴミのような好奇心から採用されたテーマだ。ブサイクの限界に迫りたい。その一念が俺を突き動かしたと言っても過言ではない。

そうして次々とルーズリーフ上に生み出されていくブサイク達。どいつもこいつも死ぬほどブサイク。(例:愛子ちゃん これは二年半くらい前にかいた奴だけど似たようなもん)ブサイクっていうか化け物。人間じゃない。岩倉君、次から次へクリーチャーを描いているけど、人間に触手はないよ。足は2本までだよ。鼻の穴から腕は生えないよ。そういった理性の呼びかけを一顧だにせず、勢いよく筆を踊らせ、そうして30分とたたずに、ルーズリーフの片面が埋まったのだった。ふう、もう半分か…。俺もやればできるもんだよな。うん…。一息ついて自分の仕事を見返す俺。お、これはなかなかポーズが決まってる。うーんこれは目が失敗。あ、これは酷いなぁ。おいおい、こっちも相当酷いぞ。って言うか、全部、酷いぞ…!? …作品を眺めるうち、徐々に気持ちは落ち着きはじめ、冷静になり、自己を客観視し、ついに、ふと我に返る。何してんだ俺。馬鹿か。まるでキチガイ。英語の授業中に、盗んだルーズリーフに力一杯のブサイク画を描きまくって…一体、俺は何を…何を考えてたんだ…。

というわけで問題のルーズリーフは折りたたんで机に放り込んだ。何もなかったことにした。知らない知らない。俺は何も悪くない。この紙は次の授業を受けに来た奴への置き土産だ。ありがたく受け取れ。で、まあ授業も残り10分だし、あとは適当に寝てやり過ごせばいいよね。とか考えていたら、教室に一人の男がコソコソと入ってきた。おいおい今更入室かよ。遅すぎる。もう出席は取っちゃったし、来ても無駄なのにねえ…。などと思ってそいつを見ていると、何やらこちらに近づいてくる。ん、なんだ。俺の隣に座りたいのか。しょうがねぇなぁ…。ところが男は座る気配がない、いや、それどころか、授業を受けに来た様子ではない。しきりに俺の近くの机の中を覗き込み、まるで、何かを探しているかの…あーッ! まさかーッ! こいつ…この…ルーズリーフの…!?

気付いたときにはもう遅かった。男は「ちょっとすいません」と小声で俺に告げると机の中に手を突っ込み、そして、ルーズリーフの束と一緒に、4つに折り曲げられた同色の紙を取り出したのだった。うわーッ! 束だけ取り出せばいいものを…! 絶望に暮れる俺を尻目に、男は、目的の物が見つかって安堵したのだろう、「あーよかったー」と呟くと、今度は、なんだろうこれは? といった感じで、その折りたたまれたルーズリーフに目をやった。やめろ。やめてくれ。そ、それを開くと死ぬぞ。呪われるぞ。だから悪いことは言わない、やめておけ。俺は心の中で必死にそう念じたが、伝わるわけもない。無情にも、背後から、折りたたまれた紙を開く音が聞こえ、そして程なく、「えー」という小さな声が聞こえた。気のせいか、はっ、と鼻で笑ったような気配も感じられた。男はそれきり黙り、3秒ほど俺の背後でじっとしたあと、足早に教室から立ち去った。

神様、もし神様がいらっしゃるのなら、今すぐに私を殺して下さい。私は今、恥ずかしくて死にそうです。でも、死ねないのです。だから、どうか私に雷を落として下さい。それだけが今の望みです。絶対バレた。あの紙に数々のキチガイ絵(しかもド下手)を描いたのが俺だと、あの男にバレた。だってどう考えても俺。俺以外いない。あーあーあーあーあーあーあーああー。俺は今年で23になるのに、一体、何をしているのだろう。悪いことをするとバチが当たるって本当だね。

Posted by iwakura at 19:13