明日から大学が始まる、という血も凍るような事実から目を背けたくてしょうがないのだけれど、気を紛らわすために漫画を読んだりネットをしたり中学の同級生にいた歴史的ブスの成長した姿を想像したりしても、やはりこの腹の底から湧き上がる「大学、嫌ーッ!」という気持ちに嘘はつけない。もう自分を誤魔化すのはやめよう、本当の自分と向き合おう。偽りの仮面を外し、素顔で生きていこう。人は誰しも心を包み、隠し、またある時は飾り立て、決してありのままの姿をさらけ出そうとはしない。それで本当に、お互い分かり合える日が来るだろうか? いや、来ないだろう。ならば、自分の気持ちを隠し立てせず、本音でぶつかり合うべきだ。自分をブスと思っていないブスに「あのさ、お前ブスだよ」と言ってやろう。「そんな過剰に個性的なファッションしても無駄だよ」と言ってやろう。
そう言えば自分の中学時代にこんな事があった。F というイニシャルの、大層に豪毅な面構えをした体格のいい、つまりピュアなソウルで表現すれば「ジャイ子」なわけだけれど、ともかくそんな女子がいて、ある日そいつが放課後の教室で数人の友達に囲まれて、偉そうに何事か話していた。僕がジャイ子周辺の話を聞くともなしに聞きながら帰り支度をしていると、ジャイ子は一際大きな声でこう言ったのだ。
「ワキガの人って、自分じゃ気付かないのよねぇー。」
そして、そのような発言をしたジャイ子は、何たる事か、自分こそがワキガなのだった。もう一度言う、ジャイ子は、ワキガなのだった。ワキガ、なの、だった。ジャイ子の発言は、皮肉にも、ジャイ子本人が自分のワキガに気付いていなかった事によって、この宇宙に生存するどんな生物すらも納得させる、とてつもない説得力を持ったのだった。ジャイ子、お前は正しい。正しいが、しかし、間違っている。
僕はその時、笑いを噛み殺しながら教室を足早に立ち去る事しか出来なかった。ジャイ子と一緒に話していた女子たちも、恐らくは適当に話を合わせただけで、本当に大切な事はジャイ子に伝えられなかっただろう。しかし今思えば、それは間違いだ。例え後に多少の禍根を残す事になろうとも、あの時、その場にいたジャイ子以外の全員で、「お前がワキガなんじゃー!」と伝えてやるべきだった。そして3発くらい殴っておくべきだった。それが本当の優しさだと思う。あと優しさとは別に、個人的にジャイ子の事が嫌いでしょうがなかったので、竹ぼうきか何かで脳天をカチ割っておくべきだったな、とも後悔している。だって臭いんだもんあいつ。