歯! 歯! 歯ぁいてぇー! 虫歯! む・し・ば・だぁーっ!
つってもまあ実は今更騒ぐような事じゃなくて、もうこの虫歯とは一年以上の付き合いがあるのだけれど、コイツを左上奥歯に発見した時、僕は、「あ、奥歯に穴が空いてる。こりゃ虫歯だ。でも特に痛みがあるわけでもないし、別に歯医者行かなくていいよね。歯医者怖いし、そしてなにより、無益な殺生は俺の信条に反する。まだ痛みも何もない、このか弱い虫歯を、「虫歯だから」という理由で駆除してしまうのは、実に身勝手な理屈ではないか。俺は、このひ弱で無力な虫歯を、殺さない。共に共存する道を探っていく。他の野蛮な人間共と俺は違うのだ!」などと思い、歯医者に行かず、そのまま虫歯を放置することにしたのだった。この出会いが、一昨年の12月(お、一昨年!?)のことだ。
それからかなりの間、虫歯は着実にその領土を拡大していったのだけれど、別段僕に痛みを与えるわけでもなかったので、僕は「まだセーフ」と自分に言い聞かせ、歯医者に行かずにいた。
ところが、発見から半年ほど経過したある日の朝、僕はいつものように歯を磨き、口をゆすぎ、その水をベッと洗面台に吐き出した。すると、例の虫歯君が毎日頑張って浸食している左上奥歯から、なにやら得体の知れないドロッとした液体が溢れ出て、僕は予想外の出来事に狼狽し、大急ぎでその液体を吐き出して水で流すと、舌でそれとなくその奥歯を触ってみると、何とした事か、その歯は既に3分の2を残すのみとなっており、残りの3分の1は、いずこか、人知の及ばぬ異世界へと持ち去られてしまっていたのだった。やっべ! 奥歯に大穴!
しかし、この状況に対する僕の判断は、「まだ痛くないしセーフ」。今考えれば明らかにアウトだが、当時の僕的には「痛くないのに歯医者に行くのは馬鹿のやる事」という感じだったのだろう。今の僕に言わせればその考え方の方がよっぽど馬鹿。死ねよ。行っとけよ歯医者。阿呆が。お前のせいで今の俺が苦しんでるんだよ。糞。
というわけで、「痛くないしまあいいか」精神によって、さらに放置する事半年間。ついに虫歯との付き合いも1年に達し、いつのまにか例の奥歯は半分だけになってしまっていた。このままだと確実に悲劇が訪れるとは分かっていたのだけれど、どうにも歯医者に行く踏ん切りがつかない。と言うか、「こんなになるまで放っておいて、何をしてるんだ、20を過ぎたいい大人が」と怒られるのは目に見えているので、今更恥ずかしくて歯医者になんぞ行けないのだ。それに痛くもないしな。
などと言っていたら、ある日の朝、歯磨きをしている時に、急激に、きた。歯の神経から脳の真ん中へ、痛みの信号がどこをどう通っているのかが手に取るように分かるような、鮮明で、強烈な痛み。頭の中には雷鳴が轟き、身じろぎ一つ出来ず、脂汗をかき、その場に立ちつくす。ここ数年経験した事のない激痛に目眩を覚え、これまでの一年を振り返り、人生最大の後悔。まさか、ここまで痛いとは。忘れていた。虫歯の本気を忘れていた。あいつらは手加減を知らない。時と場所を選ばず、どんな時も、その度を超した痛みでもって僕の神経をドリルで貫くのだ。
いくらなんでも、そろそろ歯医者に行かねばならない。しかし、地獄の治療や、「こんなに酷くなるまで虫歯を放置するな馬鹿」と罵られるであろう事や、通うのが面倒なのを考えると、もう死ぬほど億劫。いきたくねえよ。死んでもいきたくねえよ。虫歯の特効薬、誰か作ってください。あー、明日から行こうかなぁ。嫌だなぁ。