季節の中で

2005年12月28日

NIKKI SONIC '05に寄稿した日記を修正して掲載します。

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「自宅」、「バイト先」、「ゲーセン」という3つの点で囲まれた、「夢も希望もない」としか形容しようのない三角地帯で、特別なことをするでもなくウゾウゾとうごめいていると、夏の野郎が人の許可も得ないうちから終わりを告げようとしているのに気付き、心底びっくりした。「夏の楽しみの達成度」を「人類の進歩」に例えるなら、はっきり言って今の俺は、打製石器の作成すらままならない超初期の猿人だ。火に怯えるレベル。ちょっと賢いボノボに余裕で負ける。俺の夏はまだその程度の段階までしか進んでいないのだ。なにしろ、夏に入ってから電車を2回以上乗り換えた記憶がない。遠出しなさすぎ。そして電車に乗って向かう先というのも、見事に男一色で染まった飲み会でしかなく、夏のイベント的には正直ノーカウントと言わざるを得ない。つまり俺はこの夏、本当に何もしていない。

唯一バイト以外で記憶にあることと言えば、我が家で何度も開催された桃鉄大会くらいだ。無論、参加者は男のみ。7月と8月で6回はやった。2ヶ月で6回ということは、やらない週の方が珍しいということであり、今年25歳になる成人男性としては、これはもはや自決も視野に入れねばならぬ数値である。夏、台無し! 世間には恐らく、行楽地のふとした出会いから恋人を作った高校生や、童貞を捨てることに成功した中学生もいるだろうというのに、25歳の俺ときたらキングボンビーに100億くらい捨てられるのが関の山だった。とんでもない格差である。月を見上げながら、愛を語らう恋人たち。キングボンビーの、スッポンの如きしつこさに絶望する俺。この対比から、「月とスッポン」という言葉が世に誕生した。

一方俺の心にも、新たなサムシングが誕生した。「諦め」という名の巨大なブラックホールだ。心を広大な宇宙に例えるなら、そのなかで、点々と、かすかな光をたたえてる星々は、俺にかすかに残された「前向きな気持ち」だ。心の中枢からは遠く離れ、か弱い一点の光としか見えないそれらだが、しかし俺にとっては希望であった。だが「諦め」が発生してから、世界は一変した。星々は「諦め」の重力にたちまち飲み込まれ、姿を消し、ほどなく心は闇に包まれたのだ。ブラックホールに飲み込まれた希望たちが再び宇宙に舞い戻るには、ホワイトホールを通る以外にない。そのホワイトホールの名は、「言い訳」という。いちど「諦め」に飲み込まれた俺のポジティブな気持ちは、強大な重力に姿を歪まされ、いびつな形でしか、戻ってこられないのだ。たとえば俺には、「夏を楽しみたい!」という前向きな気持ちが、わずかながらあった。しかし「諦め」を経由して心の宇宙に戻ってきたそれは、「夏、楽しみたいけどね、どうせもう、夏終わるしね」という、どうしようもない言い訳付きの、ネガティブな気持ちへ変質してしまっていたのだ。

「結局ね、今から夏の思い出を作ろうにも、遅いわけ。トゥー・レイトなわけ。「ヨッシャー! 今からジャンジャン飲むぞ!」とか意気込んでも、「あ、これラストオーダーなんで」と言われればそこで試合終了でしょ。制限時間が来たら頑張りようないっしょ。気合いを入れるだけ無駄。諦める以外にない。もっと早くにエンジンをかけてりゃね、俺でもいけてたんだけどねえ…。ほんとこれ負け惜しみじゃなくてね。楽勝だったはず。マジでね。夏、制覇してたはず。あとちょっと早く動き出してればね…。っていうかここで話の例えに「閉店間際の飲み屋」が出てくる時点でダメだった。オッサンの発想だった。ちょっとこれはモテない。青春のカケラも感じられない。どだい俺にはエンジョイサマーなんて無理な話だった。もう素直に認めてしまおう。そう、」

「今年の夏も、完膚無きまでに楽しめませんでした!」

だが、人がそう簡単に素直になれるなら戦争はなくならない。俺としても、まあ確かに夏への敗北は認めるには認めるが、「じゃあ夏がそんなに偉いのかよ」と思わないでもない。そもそも夏とかいって暑すぎる。バカみたいっていうかバカそのものの暑さ。常識から考えて「これは怒られるよなー」って思わなかったのか。何考えてんだ。「夏=暑い」という固定観念に囚われていたから気付かなかったが、ここまでムンムンに暑くなる意味があるのか。嫌がらせ以外の理由で、30℃オーバーの灼熱地獄を俺たちに味わわせる必要があるのか。はっきり言って「ない」と言うほかない。どう考えてもここまで暑くするメリットは皆無。そして俺の考えによれば、意味のないことをするのは非合理的であり、非合理的であるということはバカだということであり、つまるところ「夏はバカ」という結論が導き出されるのである。なーるほど! 夏のバーカ! しね! はげ! ぶたやろう!

そもそも、夏と言えばやれ花火だ、海だ、山だ、恋だ、性交だ、避妊だ、失敗だ、妊娠だ、堕胎だ、金欠だ、親に相談だ、彼女の親父からグーパンチだ、などと、楽しい側面ばかりクローズアップされがちだが、俺に言わせてもらえば、夏にはもっともっと注目すべき、恐ろしい一面があるのだ。楽しいなんてとても言っていられない、血も凍るような、恐怖の「夏」…。

実は俺は、今年の4月から一人暮らしを始めている。本来ならそのことについて、100行でも200行でも、サイトで書きたいことは山ほどあったのだけれど、引っ越しした事情を説明するには、「わけあって別居中の父親」「脳梗塞で入院」「部屋が荒れ放題」「実家を追い出される形で代わりに入居」といった、比較的胃に来るフレーズを多用しなければならないため、うまいことまとめるのが非常に面倒くさく、なかなか報告できないままでいたのだ。

で、俺が父親の代わりに入居したこの部屋、実は…「出る」のである。それも、「気のせいかナ」とかいって誤魔化せるレベルではなく、はっきりと目に見える形で、「出る」。この間なんて、「なんか人の気配を感じるな…」ってチラッと隣を見たら、ものの見事にいて、しかも目があったもんだから…。生まれて初めて断末魔をあげた。「まさか本当にこんな家があるなんて…」と戦慄しながら迎えたこの夏、案の定というか、お決まりのように「出る」頻度が急上昇したのだ。恐ろしい…本当に恐ろしい…死ぬほど恐ろしい! あの、「ゴキブリ」ってやつは!! はっきり言って幽霊なんかの5000億倍怖い!!

ゴキブリについて思いを馳せるとき、俺はいつも、「生命の神秘」という言葉に唾を吐きかけたくなる。いくら神秘というにも、お前、限度があるだろう。たとえば、ゴキブリは頭部と胸部と腹部に3分割しても死なない。もちろんそのうち死ぬが、その死因は「体が切り離されたダメージ」などではなく、おぞましいことに、「餓死」。どういうことだよ。体をぶったぎられてるんだぞ。普通即死する。なのにヤツらときたら、「なんか体ぶった切られて動けねーよ。ざけんなっつーの。マジで人間のヤツらよー。いつかシメる。あーすげー腹減ってきた。やばいわ。腹減ってリキが出ねえ。マジ死ぬかも。今ならコンバットでもウォンバットでもなんでも食うわ。とにかく何か食いたい。こんなに腹減ったら、おなかと背中がくっついちゃうよ! って、今の俺って腹の部分ないっつーの(笑)!! やべー食っても無駄じゃん! 腹一杯になりようがねーじゃん! 詰みだこれ! なんだよオイ納得いかねーよ。体切られるとマジ不便だなこれ。やばい。うおー腹減ったー。死ぬ死ぬ。もうこうなったら自分の触覚食おうかナ! って、食っても無駄だっつーの(笑)!!」とか呑気に言いながら死んでいくんだろ。異常。お願いだから体切られた時点で「ギャー!」って死んでくれ。餓死とかじゃなくて。あとあれな。動くのが速すぎな! あの素早さは全人類に対する宣戦布告としか考えられない。ゴキジェットをかけられながら台所の排水溝のフチを高速でグルグル回るゴキブリを見たときはね、「“戦慄”ってこういう感情なんだ…」って、ヘレンケラー並に身をもって実感したよ。「1秒に地球を7回転半」って言われても信じるくらい速かった。それとさ、生命の神秘とかじゃないけど、死ぬときにわざわざ裏返しになって腹の部分を見せて、足を絶妙にキモい角度で折りたたんで固まるよな。あれほんと神経疑うよ。最後の最後まで完璧に人の嫌がることすんのな。何を考えているのか全然分からない。

そう、ゴキブリの恐ろしさというのはズバリ、「理解不能」という一点に尽きる。なんなんだよその形状。どういう“意志”がお前をそんな形にしたんだ。その足の数、その大きさ、その色。心底理解できない。そして何が目的で俺の足下を駆け抜けるんだ。今まさにエロ動画を見ようとしている俺に1ミリも気を遣わず、堂々と壁に張り付いていられるお前の無神経さはなんだ。俺が俺の金で購入した、とってもおいしいチョコパイを机の脇に置いておいたら、当然のようにその上に乗っかってチョコパイをむさぼり食えるその厚かましさは一体どういう教育によるものなのか。さすがにあのときは悲鳴をあげたが、どうして恐怖におののく俺をシカトこいていられるのか。そして錯乱のあまり、チョコパイごとゴキジェットまみれにしてしまった俺を、どうして慰めてくれないのか。何故菓子折のひとつでも持って謝りにこないのか…。

ゴキブリにはまるで俺の常識が通用しない。そもそも言葉が通じない。せめてボディーランゲージくらいできてほしいものだ。人間である俺と遭遇して、ゴキブリ、一体お前は何を感じているんだ? びっくりしているのか、ナメてかかっているのか、食べてしまおうと考えているのか、友達になりたいのか…。せめてそれくらいは伝えて欲しい。今のお前には人間らしさのカケラもない。歩み寄ってくれ。このままじゃ、相互理解なんて夢のまた夢だ。理解できないままなのは、怖い。怖いなら、遠ざけるしかないんだ…。殺してでも、遠ざけるしか…。そんな悲しい関係、お互い嫌だろう? …よし…一旦、距離を置こう…。もう俺の前に姿を現さないでくれ! などと俺がシリアスに告げても、会話が成立しないので、今日もゴキブリは元気に俺の前へ姿を現す。オイッス! いい加減にしろ。特に夏に入ってからはマジでハンパじゃない。ヤバすぎる。ゴキブリ増えすぎ。でかくなりすぎ。でかさと速さが比例しすぎ。もうウンザリだよ。お前らが素早いのはもう分かったから…やめてくれ…。

つまり今の俺にとって、夏を象徴するものとは、花火とかスイカとか海とか旅行とかいった楽しげなものでは断じてなく、黒い悪魔「ゴキブリ」なのである。そして、その「ゴキブリの夏」が今、終わりを告げようとしているのだから…これはむしろ、喜ぶべきことであるとは言えないだろうか! 確かに、世間一般では色々な思い出が作れるロマンティック・シーズンとして親しまれている夏ではあるが、俺にとってはロマンティックどころかゴキブリックである。“gokibulick”である。むしろ終わって万々歳ではないか!! まあ「ゴキブリが出ようが出まいが、夏の思い出を作れなかったこと自体は問題がある」という大いなる弱点には俺も薄々感づいてはいるが、せっかく俺がある意味前向きに物事の決着を付けようとしているのだから、そっとしておいて欲しい。とにかく! 夏がこのまま終わること、何も問題なし! 例年通り、パンツ一丁でネットしながら時間を浪費して、オールオッケーだ!! このまま時間をドブに捨てていけば、ゴキブリの季節は終わりを告げ、秋がやってくる! 平和な秋がやってくる! 夏休みが終わり、秋がやってくる! 夏休みが…終わり…? ん…? 夏休みが…終わると…いうことは…


さて今から大切な話をしますから皆さんよく聞いてください。ゴキブリが出ることでお馴染みの、最悪の季節である夏はもうじき終わりを告げます。が、しかし! 同時に夏休みも終わります。これは一体何を意味しているのか? というかそもそも、「夏休み」とは一体なんなのか…? どこの誰がそんなものを設定したのか…? はい、賢明なる皆さんはもうお気付きですね。この夏休みというイベントを裏で操っていたのは、あの悪の枢軸、「大学」です。この世に起きる不幸な出来事の、実に99%において、あの悪魔の機関が後ろで糸を引いているということは最早私の中では常識ですが、9月の末より、あの巨悪が再び活動を開始してしまうわけです。これは恐ろしいことですよ! 恐らく多くの方々は大学がどれほど恐ろしい組織か分かってらっしゃらないでしょうから、これから証拠を提示します。

大学…アルファベットに直すと“DAIGAKU”です。そして、今年度の読売巨人軍が余りにも弱すぎることから、このスペルから“G”の1文字を取り除きます。すると…浮かび上がってくるのは“DAI AKU”、すなわち「大悪」の二文字!! ギャーッ! 「身の毛もよだつ」とはこのことです! 教育機関として発足したはずの大学が、学生を苦しめる悪の機関へ、悪夢のような変貌を遂げるのは、その名称からすでに運命付けられていたのです。実に恐ろしいことです…。また、「大学」の「大」の字を分解すると、「一」と「人」という2つの漢字が得られます。すなわち、「大」という文字には、「一人」、転じて「孤独」という意味が込められていたのです! 以上のことから「大学」とは「孤独を学ぶところ」であり、かみ砕いた表現を用いれば、「マジで友達いなさすぎて孤独なので全然行きたくならないところ」と言うことができるのです…! 特殊な暗号解読法を用いているため、もしかすると多分に私の主観が入り交じっていると誤解される向きもあるかもしれませんが、しかし一度でも「留年」と呼ばれる理不尽な刑罰を受けたことのある方なら、きっと私の説に賛同していただけることでしょう。

これだけの説明では、大学をよくご存知でない方や、大学にすっかり騙されている方に、かの機構の悪辣非道ぶりは伝わらないかもしれません。そこで、今から、大学がどのような蛮行に及んでいるかをより具体的にお伝えしたいと思います。実際のところ、大学の恐ろしい企ては余りにも多岐に渡っているため、ここでその全てを暴露することは叶いませんが、たとえば次のようなケースが(私の中で)よく知られています。

大学では、定期的に「テスト」と言われる黒ミサのような集会が行なわれるといいます。大学から五体満足で脱出するには、「テスト」に極めて勤勉な態度で出席せねばならないと聞き、私もたびたび儀式に参加したものでしたが、何やら呪文のような、暗号のような、難解な文章の書かれた紙に名前を書けと命じられ、その後50分、ひたすら大人しくしていなければならないのです。これは実に恐ろしい拷問でした。どうか神様、ここから私を解き放ってくださいと、私は祈り続けましたね。何しろ、用紙に書いてあることが全く理解できないのです。それこそゴキブリの考えていることと同じくらい分からないので、恐ろしくてたまりませんでした。周りの人たちを見ると、まるで何かに取り憑かれたように、一心不乱に、なにごとかを用紙に記しているので、より一層恐ろしい気持ちになりました。もしかしたら、あの紙は悪魔との契約書だったのかも知れません…。おお…神よ…。あれほど生きた心地のしない体験は、あとにも先にも他に覚えがありません。「テスト」の後は、まるで大切な何かが奪い去られたような気分になりました。一説によると、奪われたように感じたのは「タンイ」と呼ばれる一種の霊気のようなもので、それを蓄えることによって大学に対向するだけの力を持ちうる、と聞いたことがありますが、私にはよく分かりませんでした…。

また、毎日実施される、「ジュギョウ」という洗脳プログラムも私の悩みの種でした。「キョウジュ」と呼ばれる、大学での支配階級(彼らは悪魔に魂を売っており、私の見るところ、すでに人間の体を捨てています)が、奴隷階層である我々「セイト」の前に仁王立ちし、彼らの得意とする勉学についての話(とは名ばかりの、邪教の賛美歌)を高らかに歌い上げるのです。もちろん常人には到底理解できる代物ではなく、人の正常な気持ちを少しずつ削り取っていく、恐ろしい調べでした。とても正気では聴いていられません。なのに、周りの若者たちはさも理解できている風に振る舞うものですから、孤独と恐怖で発狂しそうになった私は、そのたびに懲罰覚悟で教室から飛び出すか、そのまま何も聞こえないよう、居眠りするしかありませんでした。実に、まったく、大学は恐ろしいところなのです。

そんな大学が、もうじき、その活動を再開するのです。これはもう、人類の危機と言っても過言ではありません! 私は先ほど、「ゴキブリの大量発生する夏がやっと終わる」などと喜んでおりましたが、とんだスッタコ野郎でありました。真の恐怖はこれからなのです。ゴキブリなどという小さく無力な害虫の駆除よりも、この世の悪を統べる魔の結社、大学の打倒にこそ、全精力を注ぎ込むべきでした。全身にダイナマイトを括り付けて大学に特攻したり、大学に大量の風船を取り付けて天高く舞い上がらせたり、大学の「大」の字に1つ点を打って「犬学」とし、それを見たワンちゃんたちが「ここならお勉強できるワン!」と喜び勇んで大学に殺到、あまりのほのぼのムードとむせるような獣臭に、まともに授業を行なえない状態にさせたりなどの、108つある大学殺しの秘技を実行すべきでありました。本来ならば1つめの技(ピンポンダッシュ)から、最終奥義(この世の創造主と融合し、大学どころか全宇宙の全物質を光子単位で分解、消滅させ、新世界の神となり、争いと大学のない世界をゼロから再構築する技)までを全て発動させるところですが、さすがに時間がありません…。なんとも口惜しいことです。

仕方がないので、52番目の技である「もう俺知らね」を発動させました。見るからに投げ遣りなこの技名、大学に対して進退窮まった私の心情のみならず、この日記が掲載されるイベントの出番4時間前になっても未だにこの日記を書き続けている、私のリアルすぎる本音もまた鮮やかに表現できていると言えましょう。さて技の内容ですが、至ってシンプルです。絶交するのです。絶交とはつまり一切の関係を絶つということですから、つまりそれ以降、大学のことを考える必要などなくなるわけです。すなわち、私の中で大学の存在が「ない」も同然になる! 「私」という1つの宇宙において、「大学」の存在が消えてなくなる、ということに、他なりません! そうです! 大学は消滅するのです! 素晴らしい! 「ゴキブリと違って、大学は動けないのでシカトが容易」というポイントを最大限に利用した、史上最強の作戦と言っても過言ではないでしょう!

実行方法もまた、非常に手軽です。時折、意味の分からない、理解不能な言語を操る必要がありますが、何かの呪文だと思って丸暗記しましょう。まず、魔窟・大学に勇気を出して侵入します。そして「ガクセイカ」と呼ばれる窓口に赴いてください。恐らく、「横柄」を絵に描いたような係員があなたに用件を尋ねてきますので、こう返答しましょう。

「タイガク トドケヲ イタダキタイ ノ デスガ」

この呪文の詠唱にはかなりの気力を要しますので、各自、準備体操や発声練習、場合によっては飲酒なども視野に入れて行動しましょう。白昼堂々ワンカップを片手に大学構内を闊歩するクズになろうとも、この呪文を最後まで唱える強い意志だけは失ってはいけません。私は1500円くらいするトンカツ定食を食べて気合いを入れました。

うまくいくと、ふてぶてしさの権化のような態度で係員が「タイガクトドケ」と呼ばれる古文書を手渡してきます。場合によっては、「貴様の所属するガッカの責任者とタイマンで殺り合い、その首級をあげてこい」などの指示が与えられるかもしれません。一刻も早く大学から立ち去りたいという気持ちは痛いほど分かりますが、作戦のためですから大人しく言うことを聞きましょう。あと少しの辛抱です。ちなみに私の場合、「学年主任と面談してハンコもらってきて」と、見事すぎるタメ口で命令されました。

思わず発動しそうになった最終奥義(この世の創造主と融合し、大学どころか全宇宙の全物質を光子単位で分解、消滅させ、新世界の神となり、争いと大学のない世界をゼロから再構築する技)を必死で抑えつつ学年主任の部屋へ向かうと、ドアには見るからに怪しいパネルが設置されていました。「在室」、「講義中」、「学内」、「学外」と書かれたそのパネルには、500円玉ほどの大きさの、可愛らしいクマさんのマグネットが貼ってあり、その位置によって、学年主任が一体どこで油を売っているのかが一目瞭然となる仕組みのようでした。そして、かわいいクマさんが指さすその先には、燦然と輝く、「学外」の文字が…! その後、私が怒りに身を震わせつつ帰宅したのは言うまでもありません。大学…許すまじ! 学年主任…貴様には死すら生ぬるい!! 「せっかく勇気を出して告白したのに、気になるアイツったら居眠り中!」という状況に陥った乙女の怒りを1とするなら、この時の私の怒りは、もう、やっぱり数字では言い表せませんよ! プンプン!!

仕方がないので、数日後に「さすがに今日はいるだろう」と決めつけて、再び大学へ赴きました。いるという確証はまるでありません。しかしどうせ教師などという生物は大学を巣にしているに決まっていますから、帰巣本能というものを信じる限り、教師は大学に戻ってきているはずなのです。なんという天才的な推理。完璧です。一切の隙がありません。意気揚々と学年主任の部屋に向かったところ、教師の野郎は見事に空気を読んでおり、不在でした。ごく普通にどっか行ってました。笑顔で「学外」を指さすクマのマグネットが、ただひたすらに憎い…。大学を無視するために、あたしこんなに頑張ってるのに、なんであたしの方が無視されてるの!? 信じられない! んもう、こうなったら絶対に見返してやるんだから!!

本来ならば教授の所在を電話で確認してから大学に向かうのが正しい作法だと分かっていましたが、怒りに震える乙女に正論は無用です。また数日を置いて、「今日こそいないと承知しないんだから!」とすでにお怒りモードの私が、みたび大学の地に足を踏み入れました。肩をいからせ、はしたないガニ股歩きで大学構内をズカズカと歩いていく私。もし今日もいなかったら、ルージュの伝言も辞さない構えです。「コ ロ ス ゾ」と。そんなカッカした気分で教授の部屋を訪ねると、「いやーそりゃいるよ。当然でしょ?」とでも言いたげな、隙だらけの佇まいで、教授がズゾゾとお茶をすすっていました。3年くらい前から1センチもそこを動かされていない置物のようなシックリ感です。ツンデレの王道をひた走っていた私もさすがに気抜けして、ごく普通に教授に話しかけ、ごく普通に「まじで勉強だるい」みたいなことをさも誠実そうな言い回しで伝え、「本当に無念です」とかほざきながら「タイガクトドケ」に面談終了のハンコを押させました。本来なら顔に唾の一つでも吐きかけて「勉強ばっかりしてるモヤシ野郎が! 髪黒すぎんだよこのヅラ先公!」くらいの捨て台詞を吐いているところですが、今回は大学と絶交する秘技の大詰めでしたから、なるべくイレギュラーな出来事は避けようと思い、自重しました。隠れたファインプレーですね。

あとは「タイガクトドケ」を窓口に提出するだけです。「ガクセイカ」のドアを叩くと、先日とはまた少し違った、理屈っぽくネチっこそうな太めの係員が、やはり感動的なまでに横柄な態度で書類を受理してくれました。人の一世一代の瞬間に立ち会っておきながらあそこまで無表情でいられる人間が存在しようとは、思いもよりませんでしたね。大学と絶交する、つまり大学にとっての金ヅルではなくなる私には、表情を変えるカロリーすら勿体ないのかもしれません。こういった徹底した経済理念が今の日本の発展を支えてきたのです。まったくありがたいことです。私がゴリラなら糞の一つでも投げつけているところですが、残念ながらギリギリで猿人ですのでそのような蛮行には及ばず、すごすごと帰宅したのでした。

それから数週間後、我が家のポストに、1通の封筒が届けられました。送り主はもちろん、現世の冥府、大学です。

その…中には…


通知


俺は…自由だ!!!!!!!!!!!!!

長い…本当に長い戦いだった。思わずボールドタグを使ってしまうくらいに、長い…それはそれは、本当に長い…。2000年の春に大学へ入学して、もう今年で6年目になる。その間に俺が得られたものと言えば、ほんのわずかな、今となっては何の役にも立たない単位と、数え切れないほどの、大学への恨み・辛み。あとは、それを書き散らすためだけにある、本当に、本当にちっぽけなサイトが、1つ。

大学を辞める勇気を得られたのは何を隠そうサイトのお陰だと胸を張って言えるが、しかし、「大学を辞めるハメになったのはネットのせいだ」ということは、その5億倍くらい声高らかに宣言せねばなるまい。大学の勉強がただごとじゃないくらいつまらなかったのは紛れもない事実だが、しかし、ネットにさえ触れなければまず確実に卒業はできていただろう。ほんと、まさか辞めることになるとはね…サイトを始めた頃はまるで思っていなかった。どっかで「なんとかなる」と思っていた自分がいたことは否定できない。いやーあれだね! なんともならんね! びっくりした! まさか、そのまま放置していたら、本当にそのままになってしまうとはね…。世間というか世界というか、宇宙を甘く見てた。神様がどっかで俺にものすごい奇跡を起こしてくれるんじゃないかと思ってた。みんな知らないかもしれないから言っておくけど、マジ神いない。ヤバい。あいついなさすぎ。気をつけた方がいいよ。部屋に閉じこもって絶望的な日記を書いてるだけだと、本当に絶望的な状況になるからね。ほんとやばい。もうね、これからは気をつけます。でも俺の勘が正しければ、多分1年もすればまた気をつけなくなる。間違いない。俺のことは俺が一番よく知っている。こいつは、クズだ。

そんでまあクズなりにクズみたいなペースで続けてきたいちご帝国なんですけどもね、大学の愚痴を書くためだけに存在していたと言っても過言ではないわけで、それでは俺が大学を辞めたら何を書くのかというと…まあ書きたいことはいっぱいあるけれども、大学への魂のこもった呪詛がないなら、もっと別の形でやった方が区切りがいいよな、と思うところもあるわけです。

というわけで、この文章をもって、いちご帝国は閉鎖します。おつ。とりあえずは、お別れです。クソ大学には未来永劫サヨナラですが、ネットとは永久に離れられそうにないので、新しいサイトは作るつもりです。できたらここでお知らせしたいと思います。本当はとっとと作りたいんだけど、なかなか自分の中で機運が高まらなくて困っています。それにしても…ああ…俺を決定的にダメにしたサイトなのに、閉鎖するとか書き出すと、急に愛おしく…。暴力をふるうようなダメ男に惚れて、ボロボロにされて、それでも泣きながら「やっぱり好きなの…もう、自分でもどうして好きなのか分からない!」と苦悩する女の人の気持ちが、今ならちょっと、分かるね。

Posted by iwakura at 01:47 | TrackBack