憤怒

2003年09月13日

俺は今本当に怒っている。こんなに怒っているのは、8年ほど前に、クラスメートの K 君から借りていた第四次スーパーロボット大戦を、クリア直前の状態で無理矢理返させられた時以来かも知れない。あの時は、滅茶苦茶育てまくったザンボット3の事を思って夜な夜な枕を濡らすやらペンギンクラブにドキドキするやらだった…! それはともかく、俺は今、本当にびっくりするほど怒っているのだ。怒っているのだ! どれくらい怒っているかというと、この怒りを1分1秒でも早く文章化するために、バイトから帰ってきた30秒後には PC の前に座り、PC が立ち上がるのを、腕組みして待っていたほどだ。手や顔なんて洗ってられるか、うがいなんてしていられるか。俺は今すぐにでもあの事について書かなければ、怒りで全身の穴という穴から血を噴射して憤死してしまうのだ。だから、今から大急ぎでその事について書こうと思うので、諸君には、心して、肝を据えて、これからの文章を読んで頂きたい。

全ては、俺が、バイトの帰りに、心の休息所、もしくはあったか便利プレイスであるところの、「あなたとコンビに」ファミリーマートへ立ち寄ったところから始まる。俺は毎週金曜、バイトの帰り道の途中にあるファミリーマートに寄ることにしていて、そこで夜食やら飲み物やらを購入したり、舌足らずであまりろれつが回らなくて可愛い店員に接客を受けたりして、一週間を頑張り通した自分にご褒美をあげているのだ。(まあ全然頑張ってないけど。)それで、今日も、いつものように、無闇にカロリーの高そうなお菓子と、確実に俺を糖尿病にさせてくれそうな甘い飲み物と、未だに俺の中で流行している蒟蒻畑を手に、舌足らず店員の待ち受けるレジへと向かったのだった。

ところが、そこで、俺の今までの「金曜コンビニルーティン」には含まれていなかった、イレギュラーと言う以外にない要素が、俺の目の前に、静かに、だがしかし力強く、その姿を現したのだった。奴の名は、ファミ丸くん。この秋から、ファミリーマートの愉快なジャンクフードの仲間たちに加わった、期待のニューカマーであり、ファミリーマートが宣伝するところによると、それは、若鶏のもも一枚肉を贅沢に使用し、丸大豆醤油と、隠し味にニンニク・生姜を使ってカラリと揚げた、唐揚げ界の若きプリンスとでも言うべき一品であるらしい。それが、なんと、今ならお試し価格として、本来200円のところを、20円引きの180円で売っているというのだから、たまげた話ではないか。1個で20円の得、10個で200円の得、なんと、1億個で、20億円の得になるというのだから、こんなにおいしい(二つの意味で、だ)話を捨て置く奴なんざ、経済的インポテンツであると言わざるを得ない。かくなる高尚な思索の果てに、俺はレジにて、「あの、その、ハ、ハミ丸くんを下さい」と、ビックリする程発音が悪いことを除けば一点の曇りもない注文でもって、舌足らず店員に、俺の意を余すことなく伝えることに成功した。厳密に言えば、舌足らず店員は最初、「ハ?」と、「何言ってるか分かんないんだけど。何こいつキモい〜」的ニュアンスが大さじ10杯分ほど含まれた語気で俺に問いかけて来たのだが、その隣にいた、金髪の快活そうな青年の、「ファミ丸くんでしょ」という天才的アシスト発言の助力を得、舌足らず店員と意思の疎通をすることに成功したので、先程の表現にいくらかの誤りもないと言ってよかろう。ともあれ、俺は見事、市井で噂の新製品であるところのファミ丸くんを、この手に収めることとなったのだった。

時刻は10時を優に回っていたので、6時過ぎに夕食をとった俺は、既に小腹が空いていた。そんな時に、自転車に乗りながら食べるコンビニのジャンクフードというのは実に格別なものであって、俺の数少ない楽しみの一つでもあったので、舌足らず店員の「ありあとうごらいましたー」という声を背にファミリーマートを出た俺は、そそくさと自転車に乗ると、手際よくファミ丸くんを袋から取り出し、早速食べてやろうと、その箱に手を掛けたのだった。その時の俺の狂おしい気持ちは、他に例えようもない。

しかし、ここで風向きが怪しくなった。ファミ丸くんの箱に開け方が、全く分からないのだ。いや、「この辺を爪で引っかけたら開きそうだな」と思える場所は発見できたのだが、そこを、いかようにして爪で引っ掛ければよいのか、どの方向に、どの程度の力で箱を開ければよいのか、とんと見当が付かない。それらしき場所を爪の先でカリカリといじりはしても、ファミ丸くんの箱の封印が解かれる気配は微塵も感じられず、ひょっとしたら根本的に何か開け方が間違っているのではないかとすら思えてきて、色々試しはするものの、やはり思うようにはいかなかった。空腹感と無力感で次第にイライラを募らせた俺は、これ以上こんなちゃちな箱に手間取るわけにはゆかぬ、ひと思いにこじ開けてくれようぞ、とばかりに、両の手に力を込め、ファミ丸くんに対する実力行使を開始した。

さて、以上のような行程を、俺は全て自転車に乗りつつ行っていた。具体的に言うと、両肘から先をハンドルに押し当て、両手でファミ丸くんの箱を持ち、バランスを取りながら、両足で地面を蹴って、ノロリノロリと、薄暗い夜の街を進んでいたのである。このような姿勢で前進することは、交通道徳上非常に好ましくないのだが、人通りのまばらな夜道であることだし、恐らく何の問題も起きないであろうという確信があった。実際、これまでに幾度となく似たような移動法を試みたが、そのことごとくは安全かつ快適な結果を得るのみであったのだ。で、あるからして、今晩も、いつもと変わりなく、何の問題とも直面しないまま、ファミ丸くんを食し、鼻歌交じりに帰宅できる、はずであった。そう、そのはずであったのだ。

事件は、まさしく、俺がファミ丸くんの箱を力ずくで開けようとした、その瞬間に起こった。視界の左端に、何物か、小柄な生き物らしき陰がちらついたと思った刹那、その生き物は、俺が操るバーニング・サン号(自転車の名だ)の前を横切ろうと、ただごとではない速さで飛び出したのだった。その動物とは、猫であった。中型の、小汚い野良猫であった。その猫は、道路では飛び出し厳禁という幼稚園生でも分かる約束事を無視し、今世紀史上最低最悪のタイミングで、我がバーニング・サン号の前を通り、我がバーニング・サン号は、キリスト生誕以来最低最悪のタイミングでその猫を、轢き、俺が開けようとしていたファミマルくんの箱は、その際の衝撃によって、ビッグバン以降最低最悪のタイミングで、見事に封印を解かれ、その中身であるところのファミ丸くんは、最早筆舌には尽くしがたいレベルでの、最低最悪のタイミングで、その全てが虚空に舞い、直後、その全てがアルファルトの上に着陸、した。

猫はそのまま元気よく走り去り、俺の手元には、信じられないくらい歪んでしまった、ファミ丸くんの空箱だけが、とてつもない存在感と共に、残った。そして、その一部始終を目撃した、仕事帰りのサラリーマンが、俺に「大丈夫ですか」と声を掛けたが、何と答えていいのか、俺には全く分からなかった。ポカーンと口を開けたまま曖昧に会釈すると、俺はそのまま自転車を走らせ、しばし、自分の身に一体何が起きたのかを必死に考えた。そして、「大丈夫じゃねえよ。」と、強く思った。俺自身は大丈夫だったが、全体的に見て、全く大丈夫ではなかった。大丈夫なわけあるか。それからしばらくして、自分がファミ丸くんの空箱を後生大事に手に持っていることに気付いて、情けなさと怒りで、思わず、「あ゛ーーー」と、夜の街に呟いた。

Posted by iwakura at 00:06